お金に困ったら見るブログ 〜極貧乏脱出方法まとめ〜

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キャバ嬢 フリーター 女性 就活失敗 貧乏脱出体験談

就活に失敗し極貧生活へ ~携帯もガスも止められ水のシャワーで過ごす~

2017/09/28

私がお金に困るようになったきっかけは、就活に失敗したことでした。

どの企業からも内定をもらえないまま大学を卒業してしまいました。卒業式を終えてから、すがるように登録に行った派遣会社に行き、未経験でも働ける仕事を紹介してもらいました。

ありがたいことに、外資系の保険会社の仕事を紹介していただき、4月からデータ入力の仕事を始めることになりました。

はじめは慣れないパソコン操作に苦労して何度かミスはありましたが、オフィスはきれいだし、同世代の他の派遣社員も多くて和気あいあいとした雰囲気。しかも定時に帰れるとあって、理想の働き方ができると思いました。

そして2週間の試用期間が終了する日に派遣会社の担当の方が来社しました。会議室で2人きり、ちょっとした雑談を終えると担当者の方からこう告げられました。

「今回のお仕事は、今日で最後になります」。

…耳を疑いました。私は能力不足のために試用期間で契約終了になったとのこと。目の前が真っ暗になりました。

就職活動で何十社も不採用になり、自分自身を否定された気持ちになっていた頃に派遣もクビになりました。

これ以上自分を否定されることが怖くて、社会人として働く気持ちにはとてもなれませんでした。そして、学生時代に絶対になりたくなかったフリーターにならざるを得なくなったのです。

フリーターになりキャバクラの世界へ

私は親元を離れて一人暮らしをしていたので、ある程度まとまった収入を得なければなりませんでした。

どんなアルバイトを始めようか迷っているときに、当時付き合っていた彼氏の勧めでキャバクラでアルバイトを始めました。

⇒『ガールズバイト』

⇒『TRY18』

昼間の仕事より時給はいいし、ドレス貸出・ヘアメイクは無料、未経験でもOKということで、思い切って面接に行きました。

体験で入店してみたところ、ソファに座ってお客様の相手をすればいいだけなので自分でもできると思い、そのままキャバクラ嬢として働くことにしました。

さんざん否定されつづけてきた自分を、受け入れてくれる場所があるというだけですごく嬉しかったのを覚えています。

ノルマが達成できないと罰金 月手取り14万~18万で生活

はじめは週4回ほど出勤していましたが、ノルマが多く達成できないと罰金が科されるお店で、私はいつもノルマを達成できなくて何度も罰金を払っていました。

週4回働くだけでは満足のいく収入が得られなかったため、日雇いのアルバイトの登録をすることにしました。

キャバクラは罰金が科されるばかりで居づらくなったので、ほどなくしてお店を変えて週3日、4時間程度働くことにしました。

(この時のことは別の記事に書きました。キャバクラの仕事で体験した罰金制度 ~給料、仕事内容はどうなの?~

昼は倉庫内作業や工場などの日雇いのアルバイトを週4~5日、夜はキャバクラ嬢として180度世界が違う仕事を掛け持ちしていました。

とはいえ、日雇いのバイトは毎日仕事があるとは限りません。自分が都合のいい日に仕事がないときもあれば、高熱を出して何日も休んだ日があったときもありました。

とにかく収入が不安定でした。月々の手取りは14~18万程度でしたでしょうか。

こう書くと「けっこうもらっているじゃないか」と思われるかもしれませんが、ここから家賃、食費、光熱費、携帯代、国民健康保険、年金、市民税が引かれると手元に残るお金はほとんどありません。

フリーターである以上、ボーナスがないので、月々の支払いに依存するしかないのです。

ケータイを止められる

キャバクラ嬢として働き始めるにあたって、プライベートとは別に携帯電話が必要になったので、別のキャリアの携帯を使用していました。

携帯を買った翌月、お店の女の子から「メアド変えた?メール送ったのに届かなかった」と言われ、初めて携帯電話を止められていることに気づきました。

初回の携帯電話代から料金を滞納していたのです。これに関しては、お店のお客さんともつながっていて、連絡が取れないのは営業に支障が出ると思い、翌日慌ててお店に行って料金を支払ってきました。

ガスも止められ水のシャワーに・・・

またある日、家のドアのポストに投函されていた「ガスの供給停止」の紙。

こちらも残高不足でガス代の引き落としができなかったようです。振込用紙が送られてきたようですが、その支払いもすっかり忘れていました。キャバクラの仕事が終わった後だったので化粧をしていたし髪の毛をハードスプレーでガチガチにセットしていました。

たばこのにおいも早く落としたかったのに温かいシャワーが出ないのです。

幸いにも暑い季節で水のシャワーでもかろうじて浴びられましたがとても屈辱的な経験でした。

赤い封筒の市民税の督促状・・・

またある時は、市民税の督促状です。最後通告はものものしい赤い封筒で届くのですね。

「給与を差し押さえる」という文言を見て本当に怖くなりました。

その当時はキャバクラから足を洗い、日雇いのアルバイトに登録していた派遣会社に声をかけていただき、直雇用のアルバイトとして働いていたのですが、私の給与が差し押さえられたら社内であっという間にうわさが広がってしまいます。これが怖くて慌ててコンビニで支払いをしたのを覚えています。

このように、まとまったお金が一気になくなると、手元に残るお金は本当に微々たる額になるのです。仕方ないので家にある本を売り、親戚からもらったブランド物の財布も売ってしまいました。とてももったいないことをしたと思います。でもお金がないと生活ができません。

クレジットカードは毎月止められていましたから現金がないとその日の食べ物にも困るのです。まさに「その日暮らし」という言葉がぴったりの生活でした。本当の意味で極貧を味わいました。

フリーターを諦め再び就職を決意

キャバクラ嬢を半年間と、派遣会社のアルバイトを半年間。フリーターとして生活するのは難しいのだなと実感し、社会人として働くことを決意しました。

契約社員でしたが、誰もが知る大手通信関連会社に就職が決まり、大学卒業から1年遅れて社会人デビューを果たすことになるのです。

ところが社員になっても、「安定」には程遠い生活を強いられることになりました。

⇒正社員になっても貧乏は続く・・・ ~極貧から復活できた副業アルバイトとは~