遺言書は万能ではない

まず、遺言書と遺留分、どちらが優先するかを端的に表した事例をご紹介します。

遺言書は万能ではなく、遺留分が優先します。

遺言書と遺留分、どちらが優先するかを端的に表した事例

篤志家のAは、資産家でこれまで何度も慈善団体などに寄付行為を行い、度々市や慈善団体から表彰や感謝状を受けていました。地域の人達に愛されてきた評判の人です。

しかし、妻と子供が2人いますが、家族に対しては、外面とは全く逆で、極めて冷淡で横暴、正に暴君と呼ぶにふさわしい人でした。当然家族から反抗され、かなり積み重なった恨みやうっ憤があり、毎日が険悪な雰囲気のある、不幸な家族となっています。

やがて、年老いたAが亡くなり、遺族は本心でやれやれと思ったことでしょう。

しかしAは遺言書を遺していました。Aの配偶者が見つけ、弁護士と相談の上、即刻裁判所に検認の手続を行ってもらい、後日相続人全員揃って裁判所に行き、遺言書を開封してもらったところ、そこには驚愕の事実が記載されていました。

財産総額3億円を全て、地元にある児童養護施設に寄付する、というものです。

自分の家族に対しての遺産相続は一切触れていないのです。

被相続人のあまりにも冷たい、仕打ちには言葉を失いました。これでは、遺産に含まれている現在の住居まで手放さなければならなくなります。たちまち、生活ができなくなります。

すぐに相続人同士で話し合いを行い、弁護士に相談をかけたところ、遺留分という法律があり、遺産総額の中から一定額を、遺留分減殺請求権を行使することにより取り戻すことが可能である、ということが分かりました。

この制度により遺族は救われました。相続人3人で遺産総額の1/2を取得できました。残り1/2は地元の児童養護施設に寄付されました。

寄附行為がなければ、全額、相続人3人に相続され、配偶者は遺産総額の1/2を取得することになります。

民法第964条(包括遺贈及び特定遺贈)
遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。但し遺留分に関する規定に違反することはできない。(抜粋)

つまり、遺留分は遺言より優先することを明確にした法律です。

遺言は万能ではない、ということです。

遺言には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類ありますが、どの遺言にたいしても遺留分の権利行使は可能です。

遺留分制度の主旨(抜粋)
遺留分とは、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人に対して留保される相続財産の割合のことです。

相続財産は、被相続人が生前処分や死因処分によって自由に処分できます。

しかし、相続が相続人の生活保障の意義を有する点、又被相続人名義の財産には相続人の潜在的持分が含まれていることが多い、これを顕在化させる必要がある点にかんがみ、相続財産の一定割合については強行規定として、遺留分という相続財産に対する権利が認められている。

遺留分減殺請求権とは、遺留分を有する相続人の受けた相続が、遺留分に達していない場合、遺留分を有する本人やそれを承継した人は、遺留分を保全するに必要な限度で、他人が受けた遺贈や贈与を減殺することの権利のことです。減殺とは取り消す、の意味です。

遺留分割合とは

遺留分という制度で遺言書に相続人の相続が仮に0であっても、相続人は一定の割合で相続できます。

ではどれだけ相続できるのか、その割合が法律で決まっています。概略のみ記載します。

(民法1028条)
〇相続人が配偶者のみの場合:遺留分は遺産総額の1/2です。配偶者の遺留分は1/2です。
〇相続人が配偶者と子の場合:遺留分は遺産総額の1/2です。配偶者の遺留分は1/4で子の遺留分も1/4です。
〇相続人が配偶者と父母の場合:遺留分は遺産総額の1/2です。配偶者の遺留分は2/6です。父母の遺留分は1/6です。
〇相続人が配偶者と兄弟の場合:遺留分は遺産総額の1/2です。配偶者の遺留分は1/2です。兄弟は0です。
〇相続人が子のみの場合:遺留分は遺産総額の1/2です。子の遺留分は1/2です。
〇相続人が父母のみの場合:遺留分は遺産総額の1/3です。
この残りの分が、被相続人が自由に処分できる金額となります。

まとめ

この遺留分の制度は明治時代にできたもので、あまり手を加えることなく現代にも適用されている法律です。配偶者や子の生活基盤を保障する主旨の制度で、当時の家督制度の名残が残っており、被相続人の財産の分散を防いで相続人に財産を集中させることを目的にしています。

しかし現代では高齢化の傾向が顕著になっていますので、子に相続させる時点で子は生活基盤を築いており、遺留分を生活基盤にする見解は疑問となってくるわけです。

遺言相続の典型的なトラブルの解決方法となっている遺留分制度ですが、将来、条文の変更、追加が行われるかもしれません。