認知症は高齢者にとっては身近な病気です。

厚生労働省のデータによると、全国に認知症患者は2012年で約462万人、65歳以上に限ってみると7人に1人ということです。10年で1.5倍に増えています。

認知症と診断される前の段階に軽度認知障害があります。これだけで400万人いる、と言われています。合わせて約862万人となり、高齢者の4人に1人が認知症又はその予備軍ということになります。これが日本の認知症患者の実態です。正に国民病です。

つまり高齢者なら誰でも認知症になる可能性があり、それもかなり高い確率で罹患します。

一方高齢者の相続問題も避けて通れない人生の中の重要課題です。この問題をスムースにトラブルなく対策できれば有終の美が飾れることになるのですが、ここに立ちはだかるのが認知症というやっかいな病気です。認知症と相続について、少し述べましょう。

認知症と相続

認知症とはご本人の意思能力がない状態、つまり判断能力のことで、物事を自分で考え行動し、その結果も認識できる力がなくなっている人のことです。

認知症初期では、同じことを何度も言ったり、今まで興味のあったことが急に関心がなくなったり、物忘れがあり、外出して家に帰れなくなったりします。

相続においては、認知症になったことが確認されると、途端に手続きが大変難しくなります。

認知症になった状態、つまり意思能力がない状態で作成された遺言書は有効ではありません。生前贈与による贈与契約や現預金の不動産化による相続対策も無効となります。

相続の遺産分割もできなくなります。不動産の所有権移転は当然できません。認知症の人には自分で権利を行使し、利益を確保できないからです。

相続税対策は認知症になってからでは遅い!

認知症と相続税対策を考えた時、基本的には認知症になったら相続税対策そのものが大変難しくなります。結論として相続税の対策をするなら、被相続人が認知症に罹患していない時に行わなければなりません。

被相続人が認知症になっている状態で相続を行う場合は成年後見制度を使用します。この制度は認知症の人が不利益を受けないようにするためのものですが、家庭裁判所に請求することによって後見開始の審判が受けられ、後見が開始されると成年後見人が選任されます。そして被相続人にかわって成年後見人が代理で法律行為が行えるようになるわけです。

注意点は、この制度下による法律行為は可能になりますが、相続税対策はほとんどできません。いづれにしても相続税対策は認知症になってからでは遅いのです。

様々ある相続税対策も認知症になってからでは何もできない

一般的に相続税対策は、養子縁組、不動産売買、生命保険の加入、賃貸借契約、遺言の作成、生前贈与、贈与の基礎控除額内の暦年贈与、孫への教育費贈与など様々あり、相続税専門の税理士と相談すれば、被相続人の所有する相続財産の最適な相続方法を指導してくれます。

しかし被相続人が認知症になってからでは、これらの相続税対策はほとんど無効です。認知症が軽度な場合は裁判所の判断が必要です。

・ 遺言書は無効:被相続人が認知症になっている時に遺言書を作っても、その遺言書は無効です。公証人による遺言書であっても無効です。但し相続人が家庭裁判所に申した立てにより裁判所が本人の精神状態や医師の診断書などで意思能力を審判してもらうことにより有効になる場合もあります。

・ 相続対策のための土地処分やアパートの建築:認知症の人に契約行為はできません。不動産取引は不可能です。この場合は、前記のように成年後見制度を使用して家庭裁判所で成年後見人を選任してもらい、この後見人により法律行為が可能です。

まとめ

相続税対策は、認知症になってからでは遅いのです。ほとんでできない状態になることを知っておかねばなりません。しかも相続税対策は認知症になる前に完了していなければなりません。

節税対策の一環として行っている不動産取引の途中で、その名義人が認知症に罹患した場合は、不動産取引が中止され、無効となります。所有権移転の段階で司法書士による本人確認があり、意思能力の有り無しが判断されるからです。

今、民事信託が注目されています。場合によっては認知症であっても相続税対策が可能です。遺言書でもない、成年後見制度でもない、新しい相続の方法です。

民事信託(家族信託)とは、財産の管理や移転を目的として家族間で行います。ある者(受託者)が財産を有する者(委任者)から移転された財産につき、一定の目的に従って管理、運用、処分などをする制度です。

成年後見人は、本人の財産を維持することが目的であるため、移転や財産処分はできません。民事信託すれば、認知症になってしまった後でも相続対策ができるようになります。

民事信託は、相続専門の税理士又は弁護士と相談するとよいでしょう。