米国FRBの資産圧縮の影響と今後の金融政策について―為替はどう動く?

2017年9月20日、米連邦準備制度理事会(FRB)は連邦公開市場委員会(FOMC) を開き、金融危機後、大きく膨らんだFRBの保有資産を、10月から縮小すると正式に決定しました。

米国の金融政策は、2015年12月のゼロ金利政策の解除に続き、量的緩和策も完全に終了することになりました。この量的緩和策については、欧州中央銀行(ECB)も近く縮小へと動くとみられます。

今回は、9月のFOMCで打ち出されたFRBの新たな金融政策についてまずみていきましょう。そして、今後のFRBの金融政策の見通しと為替市場への影響についてもみていきましょう。

量的緩和策の完全終了

FRBは、ゼロ金利政策については、2015年12月に解除しています。そして、2017年6月には、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.75~1.00%にまで引き上げました。

一方、量的緩和については、2008年11月~2010年6月(第1 弾)、2010年11月~2011年6月(第2弾)、2012年9月~2014年10月(第3弾)の3回にわたって実施しましたが、その過程で買い入れた債券や証券の資産は保有したままでした。

FRBが買い入れたのは主に米国債や住宅ローン担保証券(MBS)ですが、金融危機前は9千億ドルだった資産は、現在はその5倍の4.5兆ドルにまで膨れ上がっています。

このFRBによる市場からの債券と証券の買い入れによって、長期金利が1.05%引き下げられたとも言われています。

そして今回、FRBは2017年9月20日のFOMCにおいて、この大きく膨れ上がったFRBの資産縮小を10月から開始すると正式に決定しました。

縮小規模は、当初は米国債が月60億ドル、MBSなどが同40億ドルを上限とし、最大月100億ドルにとどめます。そして、3カ月ごとに上限額を引き上げ、1年後には米国債が月300億ドル、MBSなどが同200億ドルを上限として、最大月500億ドルにまで増やす予定です。

満期が来ない米国債やMBSなどはそのまま保持するので、2018年の縮小規模は米国債が2290億ドル、MBSなどが1520億ドルと見込まれています。

保有資産の縮小を急いだイエレン議長

イエレンFRB議長は、早い段階から保有資産の縮小の実現を目指してきました。6月のFOMCの際には、資産圧縮の具体的スケジュールを公表して、状況の変化や利上げには関係なく、縮小を粛々と実施していくと表明しました。

イエレン議長が「金融政策の正常化」と呼び、10月から進めることになったFRBの保有資産の縮小ですが、なぜ議長はそこまで早期実施にこだわったのでしょうか。

その理由は、それがFRBの財務基盤に関わる重大な問題であるからです。

それは、以下のようなことです。

FRBが今後も利上げを続けていくとすると、米国債もMBSも金利は上昇します。一方、その価格は下落します。そうすると、FRBの保有資産に含み損が出る可能性が生じます。

その結果、FRBの財務基盤が危うくなり、世界の基軸通貨ドルの信認も揺らいでしまいます。そうなると、世界経済に大きなリスクをもたらすことになるので、イエレン議長としてはそうした状況は避けたいと、保有資産の早期縮小にこだわってきたのです。

9月20日のFOMCでは、米国経済は好調と判断して、イエレン議長を含め満場一致で量的金融緩和の完全終了を決定しました。

イエレン議長はFOMC後の記者会見で、「企業投資が増えて輸出もかなり強い、米経済は今後数年、拡大が続く」と語り、「金融政策を正常化する」と宣言しました。

この量的金融緩和の縮小については、欧州中央銀行(ECB)も追随するとみられていて、ドラギ総裁は10月に決断すると示唆しています。

最大の懸念材料は低インフレ

FOMCの翌日に発表された週間の新規失業保険の申請件数は前週から2万3000件減少し、そして、フィラデルフィア連銀による9月の米製造業景況指数と8月の米景気先行指数はともに市場予測を上回りました。

米国の景気拡大局面はすでに9年目に突入しており、最新の失業率は4.4%と、完全雇用に近いと言われる状態にあります。FRBが量的金融緩和の完全終了に動くのももっともな状況です。

一方、米経済の潜在成長率は、米議会予算局(CBO)によると、1990年代の3%台から1.8%に低下しています。

そして、賃金上昇率は、完全雇用に近いと言われながらも、危機前の3~4%から2.5%程度にとどまっています。賃上げの圧力は弱く、その結果、物価上昇も進みません。

インフレ率は、2017年7月が1.7%、8月が1.9%と、FRBが目標とする2%を下回る状態が続いています。FRBが追加利上げを実施するには、判断が難しいインフレ率です。

こうした低インフレの原因としては、賃上げの鈍さのほかに、エネルギー価格の下落、生産過程の自動化による生産性の上昇、グローバル化による生産コストの低い土地への生産移転なども挙げられます。

しかし、よくわからないのが実情です。イエレン議長も「現在2%を下回っているのは不思議だ」と語る以外ありません。

しかし、イエレン議長などFOMCメンバーは、こうした2%を下回るインフレ率は一時的なものと考えており、来年には2%に近づくと予想しています。

イエレン議長は記者会見でこう語っています。「我々はインフレ率を2%に上げる責任を果たすと強調したい」。「もしこのインフレ率低下が我々の予想に反して長引くようなら、金融政策もそれに伴い修正する必要がある」と。

インフレ率の推移次第では、FRBの追加利上げと、保有資産の縮小政策に変更が起こりうるということです。米国のインフレ率が2%を超えない状態が続くなら、今後のFRBの金融政策は変わる可能性が高くなります。

今後のFRBの金融政策

保有資産の縮小を2017年10月から開始することを表明したFRBにとって、次に問題となるのは追加利上げをいつ行うかです。まずは、2017年中に、もう1回の利上げを行うかどうかということになります。

今回のFOMCを受けて、市場が予想する12月までの利上げ確率は70%近くにまで上昇しました。FRBの早期追加利上げへの動きは揺らぎないものと、市場関係者の多くは判断したのです。

状況が大きく変わらない限り、12月に追加利上げが行われる可能性は極めて高いと言えます。そうなると、FF金利の誘導目標が0.25%程度引き上げられることになるでしょう。

そして、2018年以降の追加利上げについてもFOMCでは議論されました。

2018年には、3回の追加利上げのシナリオが中心になるとされています。従って、米国経済が堅調さを保って、インフレ率も2%近くで推移すれば、2018年に3回の追加利上げが行われることになるでしょう。

しかし、米国経済が必ずしも順調に拡大し続けるとは限りませんので、2018年中に、実際に3回の追加利上げが行われるかどうかは、現段階では明言することはできません。

いまの段階で言えることは、FRBは今後も追加利上げを続けていき、打ち止めとなる「政策金利の天井」は2.75%程度を見込んでいるということです。そして、保有資産の縮小も確実に進めていくことになるということです。

結局、2019年に2~3回、2020年に1回程度の利上げを実施した後に、FRBは利上げを停止することになりそうです。米国経済の状況によっては、追加利上げのペースが変わることがあっても、2020年までには利上げが打ち止めとなる可能性は高いでしょう。

米国の利上げの世界経済への影響

米国で利上げが続けられると、世界経済にはどのような影響が及ぶことになるのでしょうか。以下、少し考察してみることにしましょう。

日本経済への影響ですが、米国で金利が引き上げられると、日米間の金利差が拡大しますので、円安・ドル高の方向に向かうのが教科書的には正しくなります。

今回のFOMCが開かれた翌日の2017年9月21日には、円は一時1ドル=112円台後半になり、2カ月ぶりの円安・ドル高水準となりました(下図参照)。

そして、円安に振れたことで日経平均株価も上昇しました。

現在、多くの日本企業が想定為替レートを1ドル=110円にしており、企業の業績予想の上方修正が増えると考えられ株価が上昇しました。

ただ、円の場合には、安全通貨という側面が強くなっており、北朝鮮情勢などが緊迫化すると円高・ドル安に振れる可能性が高く、ドル高が継続するとは限りません。

米国FRBが追加利上げを続けていくと、ゼロ金利政策を続ける日本との間の金利差が拡大していくため、基本的には円安・ドル高の圧力が高まります。

しかし、安全通貨とされる円の場合には、教科書的な動きに反して、必ずしも一方的な円安・ドル高とはならないので注意が必要です(上図参照)。

一方、米国の利上げで最も大きな影響が及ぶ可能性があるのは、世界のお金の流れです。

とりわけ、多額のドル建て債務を抱える新興国のお金の流れへの影響が懸念されます。

国際金融協会(IIF)によると、米国の量的金融緩和が始まった翌月の2008年12月から2017年8月までで、新興国には株式投資で7500億ドル、債券投資で1兆6000億ドルのお金がそれぞれ海外から流入しています。

その結果、新興国の株価(MSCI〔モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル〕新興国株価指数)は2.6倍に上昇し、政府や企業のドル建て債務は増大しました。

国際決済銀行(BIS)のデータによると、新興国の非銀行部門のドル建て債務は、2008年末から2017年3月までに2倍強(3800億ドル)に膨れ上がっています。

今後、米国が金融引き締めに動くことで、新興国への新規のお金の流れが細くなることが予想されますし、米国との金利差から新興国通貨の対ドル価値が下落する可能性も高くなります。

その結果、新興国の政府と企業の債務返済負担が増大する懸念はますます高まります。

経常収支が継続的に赤字となっているトルコや南アフリカでは、自国通貨の対ドル価値の下落が特に心配されます。

とりわけトルコリラは、2016年10月から2017年2月にかけて対ドル通貨価値が大きく下落しており、その時点でドル建て債務の返済負担が増大していると判断できます。そして、2017年9月11日以降は、リラの対ドル価値が低下する傾向が現れており、米国の利上げのトルコ経済への影響が懸念されるところです。

一方、ロシアやブラジルは、金準備を含む外貨準備を増やしてきており、ブラジルでは直近の収支は赤字でしたが、最近では両国とも経常収支の黒字が続くようになっています。

そのため、2017年に入ってからプラス成長を達成する中で、両国通貨の対ドル価値も傾向的には高まっており、現在のところは通貨下落の心配はそれほどないようです(下図参照)。

しかし、米国の利上げが今後も続いていくことが確実な一方で、新興国では利下げが予定されていますので、これら新興国通貨の対ドル価値が今後、下落していく可能性がないわけではありません。

従って、今後数年間続くことになる米国FRBの利上げは、新興国経済にとっては大きな負担となる可能性があり、各国の経済状況にも少なからず影響を与えることになるでしょう。

まとめ

FRBは、2017年10月から、金融危機後に市場から買い入れて膨れ上がってきた保有資産の縮小を始めます。満期になった米国債やMBSなど月100億ドルを上限に縮小を開始し、1年後には上限月500億ドルの資産圧縮を行う予定です。

次回の追加利上げについては、このままの経済状態が続けば、2017年12月に行われる可能性が高いでしょう。

そして、2018年には3回、2019年には2~3回、2020年には1回の利上げを行おうと、FOMCメンバーたちはシナリオを描いています。

インフレ率が2%を大きく下回るとか、経済状況が大きく悪化するとかということがない限りは、FRBの金融引き締めは予定通り進められることになるでしょう。

ただ、それはあくまでも経済状況に変化が起こらない場合の話です。予定が狂うことだってありえますし、すべては状況次第です。

そして、米国が利上げを続けることで、あらゆる通貨に対してドル高に向かう圧力が強まりますが、日本円の場合には、北朝鮮情勢の緊迫化の懸念などもあって、ドル高が一時的なもので終わる可能性も高くなります。

新興各国の通貨については、対ドル価値が低下する可能性があり、ドル建て債務の返済負担が増大することで、経済的に困難な状況に追い込まれる可能性がないわけではありません。

とりわけ、経常収支の赤字が長く続くトルコや南アフリカについては、状況を注視する必要があるでしょう。

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