お金に困ったら見るブログ 〜極貧乏脱出方法まとめ〜

お金がなくなり窮地に陥ってから復活した人の体験談を紹介 貧乏から脱出する方法、貧乏にならないための情報を提供していきます。

貧乏脱出体験談

貧乏生活を工夫して楽しむコツ。つらさを笑いに変えるテクニックがあれば大丈夫です!

2018/11/12

家族構成:母・私・弟(当時)
年齢:大学3年生(当時)
現在年齢:40代
お金がなくなった理由:父親のDVから逃れるため残金320円で夜逃げしたため。

今から約二十年前、親の離婚で貧しい日々を送ったことのある40代の主婦です。

今は結婚もし、子どもにも恵まれて幸せに暮らしていますが、当時は本当に平成の出来事なのかと目を疑うほどの生活でした。

 

関連記事
残金320円、笑顔で貧乏を脱出するには?母子3人貧乏生活の体験談

父親の暴力から夜逃げを決意、そして始まる残金320円の貧乏生活

私の貧乏生活は、父から逃げるために母と弟とともに家を出たことからはじまります。

父の家庭における態度は今の世の中であれば、DV、虐待、いや殺人未遂として取り上げられるようなものでした。

子どもの頃から母へのひどい暴力や浮気の現場を見せられ、また私と弟も父の機嫌次第で容赦なく手をあげられます。

近所の人も知らんぷり。

警察も家庭内の問題として関与しません。

誰も止めることのない家庭内暴力はエスカレートするばかり。

そして、私たちの憎しみと忍耐が限界に達した約二十年前のある日、勇気を持って母、弟と私は夜逃げをしました。

その時の母の全財産は320円。

父の暴力から解放され、私たちの貧しいけれど明るい生活がはじまったんです。

気を遣わない3人の生活は極貧とはいえ楽しいものでした。

父の動きひとつに怯えることなく暮らせることは、なによりもの心の癒し。

暴力にさらされない毎日は、穏やかで人間としての心を取り戻せるような日々でした。

そんな天国のような日々とはいえ、やはり貧しさは心をささくれ立たせます。

貧しさからくる悔しさ、やるせなさで頭も心もいっぱいになってしまう時、私たちはどうやって乗り越えたのか。

私の対処法をお教えします。

気分が落ちるときはとことん落ちる

人を羨んだり、自分をさげすんだり、悲しくて仕方なかったり、よくない気分から抜け出せないことってありますよね。

貧しい生活をしているとやけ食いなどの小さなストレス発散方法もむつかしいので、こういった気分に陥りやすいと思います。

そんな時、私は自分の暗い気持ちに無理にあらがわず、とことん落ち込みました。

とことんクサりました。

母や弟を言葉で傷つけないというマナーだけは守りながら、「なんでやねん!この生活」「なんやねんこの人生!」「なんでこんな不公平やねん!」と悪態をつきたければつき、泣きたければ思いのままに泣きました。

恨み帳を作り、笑顔キープを心がける

そして、私は「恨み帳」なるノートに気持ちを書きなぐるんです。

とても声には出せないような表現でもノートの中なら大丈夫。

気持ちを全てそこに吐き出してしまうんです

そうしていると不思議と気分が落ち着いてきて、すっきり。

まぁいいか、と気分を転換できるんです。

気分転換ができて、余裕があるようなら10秒だけでいいから笑顔をキープすることに挑戦してみます。

これは、母がどこかから仕入れてきた「笑顔は伝染して、世界を平和にする」という説を信じた私たちが、自分たちで実験していたことからついたオプション。

出来るようなら10秒の笑顔です。

でも、いちばん大切なのは自分の気持ちを無視しないこと。

これが重要なポイントです。

笑いに変えて楽しく生きる

夜逃げをしても私たちの居場所は簡単にばれてしまい、父が殴り込んでくることもありました。

やはり父を気にしながらの生活、しかも極貧の生活です。

でも、母子3人が肩を寄せあい生活する涙の物語は、私たちの場合は笑い涙の物語となりました。

「困難を笑いに変える」、この精神がつらい生活を切り抜ける方法なんです。

発想の転換で貧乏を笑いに変えると楽しくなる

先ほど話したように、夜逃げ当日の全財産は320円。

普通なら不安に押しつぶされるところでしょうが、母はこの時こう言いました。

「私ら、もう伸びしろしかないな!」。

笑うしかありません。

お皿にほんの一握りしかおかずがない時、私たちはその盛り付けから「フレンチ風」と呼んでいました。もやしのフレンチ風、ちくわのフレンチ風といった具合です。

隙間だらけの我が家に出没するネズミのことは「うちの警備員」と名付けました。

私たちが家にいない時や夜間に出てきて家を徘徊いやパトロールするからです。

ネズミに食べ物をかじられたら「うちの警備員よく食べるなぁ。

食費を徴収せなあかん」「住み込みやったら家賃もいるで!」と掛け合います。

雨漏りする部屋にキノコが生えた時は「資本金ゼロで自給自足や」。(もちろん食べはしませんでした)

当時、高校生で成長期だった弟の長袖が寸足らずになってしまったら「七分袖、めちゃかっこいいやん」。

こんな風になにごとも面白がり、明るく笑い飛ばせたからこそ、本当なら暗く貧しいだけの日々をやり過ごせたんだと思います。

貧乏やつらさを笑いに変える。

このテクニックを身につければ、貧乏話もネタになります。

大切なのは我慢しないことと、笑いに変えるテクニック

しんどい気持ちは抱え込んで持ち続けず、吐き出してしまうこと。

そして、なにごとも笑いに変えてネタにしてしまうこと。

この2つが、うつな気分を解き放つための私の二大アイデアです。

今はつらいかもしれないけど、明日もつらいとはまだ決まっていない。

未来のこと、いやもっと具体的に明日や明後日のごはんを不安に思うかもしれない。

そんな時は母の口癖を思い出します。

「ま、明日のことを悩むんは明日の自分や。今日のとこは笑っとこか」。

今日より明日、明日より明後日、少しづつよくなっていると信じて前向きになることも忘れてはいけないスピリットです。

 

関連記事
3人家族の節約生活のコツ!極貧生活を乗り切ったアイデアがすごかった体験談